公共交通維持への挑戦

地方移住促進策と連動する地域公共交通サービス設計:新たな居住者ニーズへの対応事例とその社会経済的効果

Tags: 移住促進, 地域公共交通, モビリティサービス, 地方創生, 地域社会学

はじめに:地方における移住促進とモビリティ課題

近年、地方自治体では人口減少と高齢化への対策として、都市部からの移住促進が重要な政策課題となっています。しかし、移住者が新たな生活を営む上で、特に自家用車への依存度が高い地方においては、日々の移動手段の確保が大きな課題となることが少なくありません。公共交通は、免許を持たない高齢者だけでなく、移住を検討する子育て世代や若年層にとっても、生活を支える基盤となるインフラです。したがって、移住促進策を効果的に推進するためには、地域の公共交通サービスが移住者の多様なニーズに対応できるものであることが不可欠です。

本稿では、地方における移住促進策と連携した地域公共交通サービス設計の具体的な事例を取り上げ、その取り組み内容、新たな居住者が持つモビリティニーズへの対応状況、および地域にもたらした社会経済的効果について分析します。これにより、移住促進と公共交通維持という二つの政策目的を同時に追求する可能性と課題を考察します。

事例の背景と地域課題:〇〇町における移住者増加と既存交通網

本稿で取り上げるのは、近年、自然豊かな環境と手厚い子育て支援策により移住者が増加傾向にある△△県〇〇町です。〇〇町では、過去5年間で年間平均50世帯以上の移住者を受け入れており、特に30代から40代の子育て世代が中心となっています。

移住者増加は地域活性化に寄与する一方で、新たな交通課題を顕在化させました。移住者の多くは都市部からの転入であり、自家用車への依存度が低い生活を送っていた層も少なくありません。しかし、〇〇町の既存公共交通網は、基幹バス路線が限られ、運行頻度も都市部に比べて大幅に少ない状況でした。また、生活圏が比較的広範囲に分散しているため、日々の買い物、子育て関連施設(保育園、学校、習い事)、通院など、移住者が求める移動ニーズに対応しきれていないという課題がありました。特に、夫婦共働き世帯における自家用車の利用制約や、免許取得までの期間の移動手段確保が深刻な問題として認識されるようになりました。

取り組み内容:移住者ニーズに対応する公共交通サービス設計

〇〇町では、これらの課題に対応するため、従来の公共交通計画に加え、移住促進部門と連携した新たなモビリティサービス設計に着手しました。主な取り組み内容は以下の通りです。

  1. 移住者向け交通情報のワンストップ提供: 移住定住促進窓口と連携し、移住希望者に対して地域の公共交通に関する詳細情報(路線図、時刻表、運賃、利用ガイド、デマンド交通の利用方法など)を分かりやすくまとめたパンフレットやウェブサイトを提供しました。さらに、自治体職員による個別相談を通じて、各世帯のライフスタイルに合わせた最適な移動手段の提案を行いました。一部の情報は多言語化も図られています。

  2. 移住者向け公共交通利用促進パスの発行: 移住から一定期間(例: 1年間)を対象に、町内の公共交通(路線バス、デマンド交通)が割引または定額で利用できる「お試しパス」を発行しました。これにより、移住者が初期費用や慣れない手続きのハードルなく、気軽に公共交通を試せる機会を提供しました。

  3. デマンド交通のエリア・時間拡充: 移住者の居住エリアや主な移動ニーズ(子育て施設、病院、商業施設など)に関するデータを分析し、既存のデマンド交通サービスの運行エリアや運行時間を拡充しました。特に、保育園の送迎時間帯や夕方の買い物時間帯など、特定の時間帯における柔軟な移動ニーズに対応できるよう、予約システムの改良も行われました。

  4. 地域内モビリティサービスの導入検討・連携: 町内の特定エリアにおいて、シェアサイクルや電動キックボードなどの地域内パーソナルモビリティの導入可能性を検討し、実証実験を行いました。また、既存のタクシー事業者や自家用有償旅客運送団体との連携を強化し、公共交通網を補完する多様な移動手段の選択肢を整備しました。

  5. 関係主体間の情報連携強化: 自治体の移住促進部門、企画部門、交通担当課、交通事業者、NPO、移住者団体、地域の不動産業者などが参加する定期的な協議会を設置し、移住者の声や最新の居住データに基づいたサービス改善を継続的に行う体制を構築しました。

効果測定:定量・定性データからの分析

これらの取り組みにより、以下のような効果が確認されました。

定量的な効果:

定性的な効果:

分析と考察:成功要因、課題、応用可能性

〇〇町の事例は、移住促進という明確な政策目標と連携させることで、地域公共交通サービスの必要性や方向性がより明確になり、具体的なサービス設計と実施につながった点に成功要因があると考えられます。特に、移住者のライフスタイルやニーズをデータに基づき詳細に把握し、それに対応する形でデマンド交通のエリア・時間拡充など、柔軟かつピンポイントなサービス改善を行ったことが効果につながりました。また、関係主体間の密な情報連携と継続的な改善プロセスも重要でした。

一方で、課題も存在します。例えば、「お試しパス」終了後の利用継続率をいかに向上させるか、デマンド交通の運行効率とコストをいかに両立させるか、といった点が挙げられます。また、既存の地域住民と移住者のモビリティニーズのバランスを取り、双方にとって利用しやすいサービスを維持・発展させていくための調整も継続的に必要です。△△大学地域交通研究チームが指摘するように、新規居住者のモビリティパターンは定着期間によって変化する可能性があり、長期的な視点でのニーズ把握とサービスの見直しが重要となります。

本事例は、他の地方自治体にも応用可能であると考えられます。重要なのは、単に既存の公共交通サービスを紹介するだけでなく、移住者が求める具体的な移動ニーズ(通勤、買い物、子育て、地域活動など)を丁寧にヒアリングやデータ分析によって把握し、それに対応する形でサービスをデザイン・改善していくアプローチです。地域の地理的条件、既存交通網、移住者の属性などを考慮し、デマンド交通、シェアモビリティ、住民参加型交通、交通情報のデジタル化など、多様な選択肢を組み合わせた最適なモビリティサービス体系を構築することが求められます。

結論:移住促進と公共交通連携の今後の展望

〇〇町の事例から、地方における移住促進策と地域公共交通サービス設計の連携が、新たな居住者の生活基盤確保に貢献し、ひいては地域社会全体の持続可能性を高める有効な戦略となり得ることが示されました。移住者が地域に根付き、活動的になるためには、円滑な移動が保障されることが不可欠であり、公共交通はその重要な担い手となり得ます。

今後は、移住者の長期的な定着を見据えたモビリティニーズの変化への対応、多様な関係主体のさらなる連携強化、そしてサービス維持のための財源確保などが課題となります。また、ICT技術の進展を活用したデータ駆動型のサービス最適化や、移住者自身が地域のモビリティサービスの担い手となるような仕組みづくりなど、新たな視点からの取り組みも期待されます。移住促進と公共交通維持は、相互に影響し合う重要な要素であり、両者を統合的に捉えた政策推進が、持続可能な地域社会の構築に向けた鍵となるでしょう。