公共交通維持への挑戦

地方における医療機関連携型モビリティサービスの導入事例:高齢者の通院確保と地域交通維持への貢献度分析

Tags: 地方公共交通, 医療連携, 高齢者モビリティ, 地域社会学, 事例研究, デマンド交通, 公共交通維持

はじめに

地方地域において、人口減少と高齢化は公共交通システムの維持にとって喫緊の課題となっています。特に、高齢者にとって医療機関へのアクセス確保は、健康維持と生活の質の向上に不可欠でありながら、公共交通網の縮小や自家用車運転からの卒業といった要因により困難化しています。このような状況に対し、医療機関と公共交通事業者が連携し、高齢者の通院ニーズに対応する新たなモビリティサービスを開発する取り組みが各地で進められています。

本稿では、ある地方地域における医療機関連携型モビリティサービスの導入事例を取り上げ、その取り組み内容、実施プロセス、そして高齢者の通院確保と地域公共交通維持への貢献度について、定量・定性的な視点から分析を行います。地域社会学的な観点から、このような連携モデルが持つ意義と課題についても考察し、他の地域への示唆を提示することを目的とします。

事例の背景と課題

対象とするのは、人口約5万人、高齢化率35%を超えるある地方都市の郊外地域です。この地域では、基幹病院が市の中心部に集中しており、郊外や中山間地域からの通院には、自家用車が主な手段となっていました。しかし、高齢ドライバーの増加に伴う事故リスクや、運転免許証の自主返納の動きが加速する中で、通院手段を失う「交通弱者」が増加していました。

既存の公共交通は、バス路線が限られており、病院への直接アクセスが困難な地域も多く存在しました。また、運行本数も少なく、通院時間帯に合わせた利用が難しい状況でした。地域住民からは、通院に関する交通手段の確保が最も強い要望の一つとして挙げられており、自治体、交通事業者、医療機関は共通の課題認識を持っていました。

取り組み内容:医療機関連携型デマンド交通の導入

この課題に対応するため、対象地域では、主要な基幹病院と連携したデマンド交通システムが導入されました。この取り組みの主な内容は以下の通りです。

  1. 連携スキームの構築:
    • 自治体が主体となり、地域内の複数の基幹病院(特に高齢者の利用が多い診療科を有する病院)と地元のバス事業者、タクシー事業者、およびNPO法人と連携協定を締結しました。
    • 医療機関は、患者に対して本サービスの存在を周知し、院内に予約端末や相談窓口を設置する役割を担いました。また、必要に応じて患者の予約を代行することも可能としました。
  2. サービス設計:
    • 利用対象者を原則として65歳以上の高齢者、または障害者手帳を持つ通院者としました。
    • 予約は利用前日の営業時間内に行うこととし、電話または医療機関設置の専用端末から可能としました。
    • 運行エリアは、市の郊外・中山間地域を中心に設定し、主要な基幹病院を目的地とするルートを最適化しました。複数の利用者の予約に応じて、最適なルートで運行する相乗り方式を採用しました。
    • 運賃は、既存のバス運賃と同程度に設定し、高齢者向け割引制度も適用可能としました。医療機関によっては、通院回数に応じて利用券を配布するといった独自の支援策も導入されました。
  3. 運行体制:
    • 運行は、地元のバス事業者やタクシー事業者に委託しました。車両にはユニバーサルデザインに配慮したものが導入され、乗降介助が必要な利用者にも対応しました。
    • 運行状況はリアルタイムで管理され、遅延情報などは利用者にSMSや電話で通知する仕組みが構築されました。
  4. 情報共有と調整:
    • 医療機関と運行事業者の間で、予約情報、利用者の特性(介助の必要性など)、運行状況に関する情報共有システムを構築しました。
    • 病院の診察時間やリハビリテーションの時間帯に合わせて運行ダイヤを調整するなど、医療ニーズに即した柔軟な運用に努めました。

効果測定:定量・定性分析

本サービスの導入から1年後の効果について、以下の点が確認されました。

定量的な効果

定性的な効果

分析と考察

本事例における医療機関連携型モビリティサービスの成功要因は、以下の点が挙げられます。

  1. 明確なニーズへの対応: 高齢者の「通院」という、切実かつ頻度が高い移動ニーズに焦点を当てた点が、利用者獲得につながりました。
  2. 多様な主体間の連携: 自治体の調整機能の下、医療機関、交通事業者、NPOといった多様な主体が、それぞれの強み(医療ニーズの把握、運行ノウハウ、地域とのつながり)を活かして連携できたことが重要です。医療機関がサービス周知や予約受付に積極的に関与したことが、利用へのハードルを下げました。
  3. 利用しやすいサービス設計: 予約のしやすさ、運賃設定、ユニバーサルデザイン車両の導入など、高齢者の特性に配慮したサービス設計が利用促進に寄与しました。
  4. データに基づいた運行最適化: デマンド交通の特性を活かし、実際の予約データに基づいた効率的な運行計画が可能となったことで、コスト効率と利便性のバランスが図られました。

一方で、持続可能性に向けた課題も存在します。運行コストの一部は自治体からの補助金に依存しており、長期的な財源確保が課題です。また、ドライバー不足や、医療機関側の協力体制を維持するための継続的なコミュニケーションも不可欠です。

地域社会学的な視点からは、この取り組みが単に移動手段を提供するだけでなく、高齢者の社会参加を支援し、地域におけるケアネットワークの一部として機能している点が重要です。移動の権利保障という観点から、このようなサービスがどのように地域住民全体に裨益し、社会関係資本の維持・向上に寄与するのか、さらなる研究が待たれます。他の地域への応用可能性は高いと考えられますが、各地域の医療資源、交通網、住民ニーズ、自治体の財政状況などを十分に踏まえた上で、カスタマイズされた連携モデルを設計する必要があります。

結論

地方における医療機関連携型モビリティサービスは、高齢者の通院確保という特定の移動ニーズに応えることで、地域公共交通の新たな需要を創出し、その維持に貢献する有効な手段となり得ることが本事例から示されました。定量的な利用者数増加や定性的な利用者満足度の向上は、この連携モデルの効果を示唆しています。

この取り組みの成功は、多様な主体間の緊密な連携、利用者ニーズに即したサービス設計、そしてデータに基づいた効率的な運用にかかっています。今後は、長期的な財源確保、担い手の育成・確保、そして地域におけるケアネットワークや社会関係資本への影響に関する学術的な検証が、持続可能な地域モビリティシステム構築のために不可欠であると考えられます。本事例が、他の地域における高齢者の移動課題解決と公共交通維持に向けた取り組みの参考となることを期待します。