公共交通維持への挑戦

地方バス路線の持続可能性確保に向けた再編戦略:特定地域における実践事例と分析

Tags: バス路線, 路線再編, 地域交通, 持続可能性, 事例分析, 地方交通政策

はじめに

地方部において、人口減少と高齢化の進行は公共交通、特に路線バスネットワークの維持を困難にしています。利用者の減少に伴う収支の悪化は、路線の廃止や便数の削減を招き、地域住民の移動手段の確保という喫緊の課題を生じさせています。こうした状況に対し、多くの自治体や交通事業者は、既存路線の抜本的な見直しを含む再編戦略を模索しています。

本稿では、「公共交通維持への挑戦」という本サイトのコンセプトに基づき、地方バス路線の持続可能性を確保するための具体的な再編戦略に着目し、ある特定地域(以下、本事例地域)における実践事例を詳細に紹介し、そのプロセス、効果、そして分析的な考察を提供いたします。地域社会学を研究される皆様にとって、地方公共交通政策のケーススタディとして、また地域社会変動との関連性を分析するための基礎資料としてご活用いただければ幸いです。

事例地域の背景と直面していた課題

本事例地域は、典型的な地方都市とその周辺中山間地域から構成されています。中心市街地への人口集中と周辺部の過疎化が進行しており、公共交通の主要な担い手である路線バスは、中心部と周辺部を結ぶ幹線では一定の利用があるものの、周辺部内の支線や中心部から郊外へ向かう路線の一部では、利用者が極めて少ない状況にありました。

具体的な課題としては、以下の点が挙げられます。

  1. 利用者数の低迷と収支悪化: 特に日中閑散時間帯や、過疎化が著しい地域を通る路線において、燃料費や人件費に対して運賃収入が著しく低い状況が常態化していました。これにより、運行事業者であるバス会社の経営を圧迫し、路線の維持が困難になっていました。
  2. ネットワークの非効率性: 過去の人口分布に基づいて形成された路線網は、現在の需要構造と乖離が生じており、非効率な重複区間や、逆に交通空白地域が発生していました。
  3. 地域住民の多様なニーズへの対応不足: 高齢者の通院・買い物、学生の通学、通勤など、地域住民の移動ニーズは多様化していますが、固定ダイヤ・固定ルートの路線バスだけでは、きめ細やかな対応が難しい状況でした。また、地域内での細かな移動手段が乏しいという声も聞かれました。
  4. 関係者間の連携不足: 自治体、バス事業者、地域住民、医療・福祉施設など、地域の移動を支える様々な主体の間で、情報共有や課題認識の共有、連携した取り組みの推進が十分ではありませんでした。

これらの課題に対し、本事例地域では、地域公共交通計画の改定を契機として、抜本的なバス路線網の再編に着手しました。

再編戦略の取り組み内容とプロセス

本事例地域が採用した再編戦略は、既存の路線バス網を維持・強化する部分と、利用実態に合わせて柔軟なサービスに転換する部分を組み合わせた、多層的なアプローチでした。主な取り組みは以下の通りです。

  1. 幹線機能の強化と運行効率化:

    • 中心市街地と主要な拠点(駅、病院、商業施設)を結ぶ幹線については、運行頻度や定時性の向上を目指し、重点的に維持・強化を図りました。
    • 重複区間が多い一部路線では、経路の見直しや統合を行い、運行キロ当たりの効率改善を目指しました。
    • 利用者の多い時間帯や区間では、速達便の導入なども検討されました。
  2. 利用率が低い路線の再編とデマンド交通の導入・連携:

    • 利用者が極めて少ない閑散路線については、固定ルート・固定ダイヤの運行を廃止し、予約に応じて運行するデマンド交通への転換または連携を行いました。
    • デマンド交通の導入にあたっては、地域住民や地域のタクシー事業者等と協議を重ね、運行エリア、運行時間、予約方法、運賃体系などを設計しました。既存のタクシー事業者が運行を担う形態も採用され、地域事業者の活性化にも寄与することが期待されました。
    • 幹線バス停とデマンド交通エリアを結ぶ結節点の整備も行われ、乗り換えの利便性を高める工夫がされました。
  3. 情報通信技術(ICT)の活用:

    • リアルタイムな運行情報を提供するシステムを導入し、スマートフォンアプリやウェブサイトを通じて住民が運行状況を確認できるようにしました。
    • デマンド交通の予約・配車システムにもICTを活用し、効率的な運行管理を目指しました。
    • 将来的な利用状況のデータ収集・分析基盤を構築し、継続的なサービス改善に役立てる計画が立てられました。
  4. 関係者間の連携強化と住民参加の促進:

    • 自治体が主導し、バス事業者、タクシー事業者、住民代表、医療・福祉関係者などをメンバーとする地域公共交通活性化協議会を定期的に開催しました。
    • 再編計画の策定段階から、地域住民向けの説明会や意見交換会を複数回実施し、住民の理解と合意形成に努めました。住民からの要望や懸念事項を計画に反映させるフィードバックループを構築しました。
    • 地域の医療機関や福祉施設と連携し、通院・通所ニーズに対応するためのデマンド交通の活用方法を検討しました。

これらの取り組みは、単一の施策ではなく、地域の特性と課題に合わせて複数のアプローチを組み合わせ、段階的に実施されました。計画策定から実施、そして評価・見直しというPDCAサイクルを意識したプロセスが採用されています。

結果と効果測定

再編戦略の実施後、約2年間の経過観察期間における主な結果と効果は以下の通りです。

  1. 収支改善:
    • 運行効率化とデマンド交通への転換により、対象となったバス路線全体の運行経費は、再編前に比べて約15%削減されました。
    • 運賃収入については、一部利用減が見られた区間がある一方で、幹線機能強化区間での利用維持や、デマンド交通の利用促進(後述)により、大幅な落ち込みは回避され、結果として収支率は数ポイント改善しました。ある特定の路線グループでは、運行経費削減効果が大きく、収支改善率が約20%に達しました。
  2. 利用者数の変化:
    • 幹線バス路線の利用者数はほぼ横ばいを維持しました。特に、運行頻度を高めた時間帯・区間では、微増が見られました。
    • デマンド交通に転換したエリアでは、運行開始当初は利用が低迷しましたが、周知活動や予約方法の改善により、徐々に利用が増加し、特に高齢者による通院・買い物利用が増加傾向にあります。全体として、デマンド交通への転換エリアにおける移動ニーズへの対応度が向上したと考えられます。
  3. サービス提供範囲と頻度:
    • 固定ルートバスの運行キロは減少しましたが、デマンド交通の導入により、これまでバス路線がカバーしていなかった細かなエリアへの移動が可能になりました。サービス提供範囲という観点では、網の目が細かくなったと言えます。
    • 幹線における運行頻度の向上は、利用者にとっての利便性向上に寄与しました。
  4. 定性的な効果:
    • 地域住民へのアンケート調査では、再編後のサービス全体に対する満足度は、再編前と比較して大きく低下することなく、特にデマンド交通利用者からは「きめ細かく対応してもらえる」「便利になった」という肯定的な意見が多く聞かれました。
    • 地域内移動の選択肢が増えたことにより、高齢者の外出機会が増加したという声もあり、地域コミュニティの維持・活性化への貢献も示唆されています。
    • バス事業者とタクシー事業者間の連携が進み、地域の交通事業者全体としての協調関係が構築されつつあります。

これらの結果は、ある自治体が実施したサービス評価報告書や、利用者アンケート調査結果に基づいています。

分析と考察

本事例地域のバス路線再編戦略は、収支改善と地域ニーズへの対応という二つの目標を、ある程度両立させた成功事例であると評価できます。その成功要因としては、以下の点が挙げられます。

  1. データに基づいた現状分析と戦略策定: 事前の詳細な利用者データ、地域特性、ニーズ分析に基づき、どの路線を維持・強化し、どの部分を柔軟なサービスへ転換するかを科学的に判断した点が重要です。単なるコスト削減だけでなく、地域にとって不可欠な幹線機能を守るという明確な方針がありました。
  2. 多様な交通モードの組み合わせ: 既存の路線バスとデマンド交通という異なる特性を持つ交通モードを組み合わせることで、幹線輸送の効率性と、末端交通・低密度地域の柔軟性を両立させました。これは、単一のモードに依存せず、地域の地理的・社会的特性に合わせた最適なネットワークを構築しようとする意図が見られます。
  3. 関係者間の丁寧な合意形成プロセス: 再編は住民の生活に直結するため、反対意見や懸念が生じやすい性質があります。本事例では、計画段階からの情報公開、説明会、意見交換会を重ねることで、住民の理解を深め、協力を得ることに成功しました。特に、デマンド交通の運行を地域事業者(タクシー会社など)に委託することで、既存事業者の事業機会を確保し、連携を促進した点は注目に値します。
  4. ICTの活用による効率化と利便性向上: 運行情報提供システムやデマンド交通の配車システム導入は、利用者にとっての利便性向上に貢献するとともに、運行事業者の効率的な運行管理を支援し、コスト削減にも間接的に寄与しています。

一方で、課題も残されています。デマンド交通の運行コストは、利用者が少ない時間帯やエリアでは依然として補助金への依存度が高い状況です。また、予約システムへのアクセスや操作に不慣れな高齢者層への丁寧なサポートの継続が必要です。ICTの活用についても、導入コストや維持管理の負担が小さくないことも指摘されています。

他の地域への応用可能性については、本事例の基本的な考え方(データに基づく分析、多モード連携、丁寧な合意形成)は広く適用可能と考えられます。しかし、具体的な路線網の設計、デマンド交通の運行方式、ICTシステムの選定などは、それぞれの地域の人口密度、地理的条件、既存の交通資源、住民ニーズ、財政状況などを詳細に分析し、カスタマイズする必要があります。特に、地域内における関係者間の力学や合意形成の難しさは、事例の横展開における重要な障壁となり得ます。

結論と今後の展望

本事例地域のバス路線再編戦略は、地方における公共交通の持続可能性確保に向けた現実的なアプローチの一つとして、一定の成果を上げていることを示しています。運行効率の改善と地域ニーズへの対応を、異なる交通モードの組み合わせと丁寧なプロセスによって両立させようとする試みは、他の地方自治体にとって参考になる点が多いと考えられます。

しかし、公共交通の維持は継続的な挑戦であり、再編後も状況は変化します。今後の展望としては、以下の点が重要になります。

本事例は、地方における公共交通の課題解決に向けた一歩を示しましたが、その持続可能性を真に確保するためには、地域全体での継続的な努力と革新が求められています。地域社会学の研究においても、こうした具体的な取り組み事例の多角的分析を通じて、地方社会の変容と公共サービスのあり方について、さらに知見を深めていくことが期待されます。