地方での自家用有償旅客運送導入:法制度、運用実態、持続可能性に関する考察
導入
近年、地方における公共交通、特にバス路線の維持が困難となる地域が増加しており、地域住民の移動手段確保が喫緊の課題となっています。このような状況において、既存の公共交通を補完または代替する手段として、自家用有償旅客運送(道路運送法第78条に基づく)が注目されています。本稿では、この自家用有償旅客運送の地方における導入事例を取り上げ、その法制度的背景、具体的な運用実態、そして地域公共交通としての持続可能性について、学術的な視点から考察を行います。
背景と課題
日本の多くの地方では、人口減少と高齢化が進行し、公共交通の主要な利用者層である高齢者や学生の減少、さらには運転手不足が深刻化しています。これにより、バス路線の減便や廃止が進み、特に公共交通空白地帯や過疎地域における住民、特に高齢者の移動困難が顕著になっています。通院、買物、地域コミュニティへの参加など、日常生活に必要な移動が制限されることは、地域社会の維持そのものに関わる課題です。
このような背景から、自治体や地域住民は、タクシーやバス以外の新たな移動手段を模索する必要に迫られています。その一つとして、地域住民などが自家用車を使用して有償で旅客を運送する自家用有償旅客運送が、制度的な選択肢として存在します。しかし、その導入には道路運送法に基づく登録や運営主体の設立、安全管理体制の構築など、様々な課題が存在します。
取り組み内容:△△町における事例
ここでは、過疎化が進む〇〇県△△町(架空の事例)における自家用有償旅客運送の導入事例を分析します。△△町では、主要バス路線が廃止され、住民の約40%が高齢者であることから、地域内移動の困難が深刻化していました。
導入経緯と制度設計
△△町では、町内のNPO法人と連携し、道路運送法第78条第3号に基づく「福祉有償運送」および第79条に基づく「地域住民等による運送」の枠組みを活用することを決定しました。特に、住民の生活交通を確保するため、事前に登録した住民(運転手)が自家用車を使用し、登録した利用者(住民票を有する者、高齢者、障がい者等)に対して運送サービスを提供する形態を採用しました。
運営主体は、町からの委託を受けたNPO法人「△△ふるさと交通」が担います。同NPOは、運転手の募集・研修、車両の管理基準設定、運行管理、利用者登録、配車手配、運賃収受、広報活動などを一元的に行います。
運用実態
- 対象区域・時間: △△町全域を対象とし、運行時間は平日の9時から17時までと設定されました。
- 運賃: 運賃は距離制とゾーン制を組み合わせた独自体系で、既存のタクシー運賃より安価に設定されています。例えば、町内中心部から各集落までは一律500円などです。運営費の不足分は町からの補助金で賄われます。
- 運転手・車両: 運転手は町内在住者で、NPOが実施する安全講習を受講し、任意保険に加入することが義務付けられています。登録車両は自家用セダンや軽自動車などが中心です。当初、運転手は10名からスタートしました。
- 配車: 利用者は電話でNPOに予約し、NPOが登録運転手と調整して配車を行います。
結果と効果測定
△△町における自家用有償旅客運送の導入による効果は、以下のように測定されています。
定量的効果
- 利用者数: 導入初年度は月平均150件の利用があり、3年後には月平均250件に増加しました。これは、既存バス路線の代替に加え、これまで移動が困難であった潜在的なニーズを掘り起こした結果と考えられます。特に、通院や買物目的の利用が増加しました。
- 運行回数: 月平均の運行回数は、利用者数の増加に伴い増加傾向にあります。
- 収支状況: 運賃収入で運営費の約30%を賄い、残りの約70%は町からの補助金やNPOへの寄付で賄われています。収支の自立には至っていませんが、住民一人あたりの運行経費は既存バスと比較して抑えられているという町の試算があります。
- 登録運転手数: 導入3年後には登録運転手数が18名に増加し、安定した運行体制の構築に寄与しています。
定性的効果
- 住民の満足度向上: 町が実施したアンケート調査によると、利用者の約9割がサービスの継続を希望しており、「移動の不安が減った」「外出機会が増えた」といった肯定的な意見が多く寄せられています。
- 地域コミュニティの活性化: 運転手と利用者の間で交流が生まれ、地域内の見守り機能としても機能しているという声が聞かれます。運転手自身の地域貢献意識も高まっています。
- 生活の質の向上: 高齢者や交通弱者の通院・買物機会が増加し、健康維持や社会参加が促進されています。
分析と考察
△△町における事例は、自家用有償旅客運送が地方における移動課題解決の一助となり得ることを示しています。成功要因としては、以下の点が挙げられます。
- 明確な地域ニーズへの対応: 公共交通空白地帯の住民、特に高齢者の移動困難という具体的な課題に対して、きめ細やかなサービスを提供できたこと。
- NPOの積極的な役割: 地域に根差したNPOが運営主体となることで、住民の信頼を得やすく、柔軟なサービス提供が可能となったこと。
- 自治体の強力な支援: 制度設計、補助金の提供、広報活動など、自治体が積極的に関与し、導入を後押ししたこと。
- 地域住民の協力: 運転手として参加する住民や、サービスを利用する住民の協力があったこと。
一方で、課題も複数存在します。
- 収支の自立性: 運賃収入だけでは運営費を賄えず、持続的な運営には自治体の財政支援や新たな資金源の確保が不可欠です。
- 運転手の確保と維持: 運転手の多くが高齢者であり、将来的な担い手不足が懸念されます。また、運転手の研修体制や安全管理の質を維持・向上させる必要があります。
- 法制度の柔軟性: 現行制度では、運行区域や利用対象者が限定される場合があります。より広範なニーズに対応するためには、法制度のさらなる柔軟化が求められる可能性があります。
- 既存交通事業者との関係: 地域によっては、タクシー事業者など既存の公共交通事業者との調整や棲み分けが課題となります。
他の地域への応用可能性としては、△△町の事例から、地域の地理的・社会的特性(過疎度、高齢化率、既存交通網の状況など)に応じて、運営主体(自治体直営、NPO、住民団体など)、運賃体系、運行方式(定時定路線、デマンド運行など)を柔軟に設計することの重要性が示唆されます。また、導入にあたっては、地域住民、自治体、既存交通事業者などが参加する合意形成プロセスを丁寧に進めることが不可欠です。
結論と今後の展望
△△町における自家用有償旅客運送の取り組みは、地方における深刻な移動課題に対し、地域資源を活用した有効な解決策の一つとなり得ることを示しました。利用者数の増加や住民満足度の向上といった成果が見られる一方で、収支の自立性や運転手確保など、持続可能性に向けた課題も明確になりました。
今後の展望としては、これらの課題克服に向けた取り組みが重要となります。具体的には、運営費の一部を利用者以外からの寄付や地域企業の協賛で賄う仕組みづくり、若い世代の運転手を確保するためのインセンティブ設計、そしてデジタル技術(配車アプリなど)を活用した効率的な運行管理などが考えられます。また、法制度については、地域の実情に合わせた更なる規制緩和の可能性についても議論されるべきでしょう。
自家用有償旅客運送は、あくまで地域公共交通システム全体の一部を構成する要素です。他の交通モード(バス、タクシー、自転車、徒歩など)との連携や、地域振興策(コンパクトシティ、地域活性化)との統合的な視点を持つことで、地方におけるより包括的で持続可能な移動手段の確保に繋がるものと期待されます。本事例が、他の地域における同様の取り組みを進める上での一助となれば幸いです。