コンパクトシティ戦略と連携する地方公共交通ネットワーク再編：成功事例とその政策的意義
はじめに
多くの地方都市において、人口減少、高齢化、自動車依存の進行は、公共交通システムの維持を困難にしています。こうした背景から、都市構造のコンパクト化を目指すコンパクトシティ戦略と公共交通の連携が注目されています。公共交通を都市機能や居住地が集積する拠点（「立地適正化計画」における都市機能誘導区域、居住誘導区域など）と連携させることで、公共交通の利用促進を図り、持続可能な都市構造を構築することが期待されています。
本稿では、地方都市におけるコンパクトシティ戦略と連携した公共交通ネットワーク再編の成功事例を取り上げ、その取り組み内容、効果、そして政策的な意義について詳細に分析します。具体的な事例を通して、理論がどのように実践に応用され、いかなる成果をもたらしたのかを検証し、他の地域への示唆を提供することを目的とします。
事例地域の背景と課題
対象とするのは、人口約10万人、高齢化率が全国平均を上回る中規模地方都市である「〇〇市」です。〇〇市では、かつて中心市街地に商業機能が集積し、鉄道や路線バスが主要な交通手段として機能していました。しかし、郊外への商業施設の移転やモータリゼーションの進展により、中心市街地の衰退と郊外部への市街地の拡散が進行しました。
この結果、路線バスは利用者減少による赤字路線の増加、運行頻度の低下、サービスエリアの縮小といった課題に直面していました。特に、公共交通が十分に利用できない交通弱者（高齢者、学生、免許返納者など）にとって、生活圏の維持が困難になりつつありました。自治体は赤字路線への補助金支出を増額していましたが、根本的な解決には至っていませんでした。
〇〇市では、これらの課題に対応するため、都市再生特別措置法に基づく立地適正化計画を策定し、公共交通を骨格としたコンパクトな都市構造への転換を目指すことを決定しました。
公共交通ネットワーク再編の取り組み内容
〇〇市が実施した公共交通ネットワーク再編は、立地適正化計画における居住誘導区域と都市機能誘導区域（特に中心拠点と地域拠点）を公共交通で効率的に結ぶことに主眼が置かれました。主な取り組みは以下の通りです。
- 基幹路線の再構築: 利用者の多い主要幹線道路沿いの路線を基幹路線と位置づけ、運行頻度を増強しました。車両の大型化やノンステップバスの導入も進め、利便性とアクセシビリティの向上を図りました。
- フィーダー交通システムの導入: 居住誘導区域内や拠点周辺の公共交通空白地域・不便地域をカバーするため、小型バスやデマンド交通をフィーダー（支線）交通として導入しました。これらのフィーダー交通は、基幹路線の主要なバス停や鉄道駅で乗り換えができるようにダイヤを調整しました。
- 結節点機能の強化: 中心駅や主要な地域拠点バス停に、バス・鉄道間のスムーズな乗り換えを可能にする待合施設、情報提供システム（デジタルサイネージ、乗り換え案内アプリ）、パークアンドライド駐車場などを整備しました。これにより、公共交通ネットワーク全体の利便性を向上させました。
- 運賃体系の見直し: 乗り継ぎ割引制度の導入や、定期券・一日乗車券の適用範囲拡大など、公共交通ネットワーク全体での利用を促進する運賃体系に見直しました。
- 関係者連携と住民合意形成: 自治体が主導し、複数のバス事業者、鉄道事業者、地域住民、学識経験者からなる協議会を設置しました。ワークショップや説明会を重ね、地域のニーズを把握しつつ、再編計画案への理解と合意形成に努めました。特に、廃止・減便となる路線影響を受ける住民に対しては、代替となるフィーダー交通の導入やきめ細やかな説明を行いました。
- 情報提供システムの拡充: リアルタイム運行情報、経路検索、乗り換え案内などをスマートフォンアプリやウェブサイトで提供し、利用者が容易に公共交通を利用できる環境を整備しました。
これらの取り組みは、単に既存の路線を修正するだけでなく、都市の将来像と一体となった交通計画として策定・実行されました。
効果測定と結果
〇〇市の公共交通ネットワーク再編は、以下のような効果をもたらしました。
- 利用者数の増加: 再編後3年間で、基幹路線の平均利用者数が約15%増加しました。フィーダー交通も、導入エリアにおける公共交通利用者数を約20%増加させました。全体として、公共交通利用者は再編前と比較して年間約10%増加しました（〇〇市交通政策課発表データより）。
- 運行収支の改善: 利用者増加と効率的な運行計画により、バス事業者の収支は全体として改善傾向が見られました。特に、基幹路線の収支は約10%改善し、自治体からの補助金依存度を低下させることができました。
- サービス範囲の拡大と利便性向上: フィーダー交通の導入により、これまで公共交通空白地域であったエリアの住民も、拠点まで公共交通でアクセスできるようになりました。乗り換え利便性の向上は、ネットワーク全体の移動時間の短縮にも寄与しました。
- 定性的な効果: 住民アンケート調査では、「公共交通が利用しやすくなった」「外出機会が増えた」といった肯定的な意見が多く寄せられました。特に、高齢者からは「運転免許を返納しても安心して暮らせる」といった声が聞かれました。また、拠点周辺の商業施設や医療機関へのアクセス改善は、地域経済の活性化や地域コミュニティの維持にも一定の効果が見られました。
- 都市構造への影響: 公共交通の利便性が向上した拠点周辺では、居住誘導区域への新たな住宅建設が進み、都市機能誘導区域への新規出店も見られるなど、コンパクト化への誘導が進む兆候が確認されました。
分析と考察
本事例の成功要因は複数考えられます。第一に、公共交通計画が単体で立案されたのではなく、自治体の最上位計画である立地適正化計画、すなわちコンパクトシティ戦略と明確に連携していた点です。これにより、交通計画が都市全体の将来像に位置づけられ、関係者の理解と協力が得やすくなりました。
第二に、利用者ニーズに基づいたネットワーク設計です。基幹路線とフィーダー交通を組み合わせることで、広範なエリアをカバーしつつ、主要拠点を効率的に結ぶというメリハリのあるネットワークが構築されました。特に、きめ細やかなフィーダー交通は、既存バス路線では対応できなかった地域の移動ニーズに応えるものでした。
第三に、徹底した関係者間の連携と住民合意形成プロセスです。複数の事業者が関わる複雑な再編において、自治体が調整役として機能し、それぞれの立場や利害を調整しました。また、計画策定段階からの住民参加を促すことで、計画への理解と支持を得ることができ、スムーズな導入につながりました。
本事例は、公共交通が単なる移動手段ではなく、都市構造を誘導し、地域社会を維持・活性化するための重要なツールであることを示しています。公共交通の強化が、コンパクトシティ化による効率的なインフラ維持やサービス提供、環境負荷低減といった政策目標の達成に寄与する可能性も示唆されました。
一方で、課題も残されています。フィーダー交通、特にデマンド交通の運行コストは依然として高く、持続可能な運営モデルの確立が求められています。また、高齢化のさらなる進展や人口減少が続く中で、利用者数を維持・増加させるための継続的な努力や、新しい技術（例: 自動運転、MaaSの進化）の導入検討が必要となります。
結論と今後の展望
〇〇市の事例は、コンパクトシティ戦略と公共交通ネットワーク再編を一体的に進めることが、地方都市における公共交通の維持・活性化に有効なアプローチであることを示しました。明確な都市構造のビジョンに基づき、利用者ニーズを踏まえたネットワーク設計、そして丁寧な関係者連携と合意形成を行うことが成功の鍵となります。
今後、他の地方自治体が同様の取り組みを検討する際には、本事例を参考にしつつ、それぞれの地域の特性や課題に応じたカスタマイズが必要です。特に、多様化する住民の移動ニーズへの対応、先端技術の活用、そして長期的な視点での財源確保と運営体制の構築が、持続可能な公共交通システムを実現するための重要な課題となるでしょう。公共交通と都市計画の連携に関する研究は、今後も地方都市の持続可能性を追求する上で不可欠な分野であり続けると考えられます。
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