地方における貨客混載の実践事例：公共交通維持と地域物流課題解決の可能性
序論：貨客混載が拓く地方公共交通維持の新たな可能性
日本の地方部では、人口減少と高齢化に伴い、公共交通の利用者減少が深刻な課題となっています。これにより多くの路線が維持困難となり、地域住民の移動手段確保が喫緊の課題となっています。同時に、物流分野においても、担い手不足や過疎地域における「ラストワンマイル」配送の非効率性が問題視されています。このような状況下で、公共交通車両が旅客輸送と貨物輸送を兼ねる「貨客混載（かきゃくこんさい）」が、地方における公共交通維持と地域物流課題の同時解決を目指す取り組みとして注目を集めています。
本稿では、特定の地方地域における貨客混載の実践事例を取り上げ、その取り組みの背景、具体的な内容、得られた効果、そして成功要因や課題について学術的な視点から分析します。この事例研究を通じて、貨客混載が地方公共交通の持続可能性向上と地域社会の課題解決にいかに貢献しうるかを探求することを目的とします。
事例研究：〇〇町における貨客混載導入の経緯と背景
本稿で取り上げるのは、△△県〇〇町における貨客混載導入事例です。〇〇町は、人口約X千人、高齢化率Y%という典型的な中山間地域であり、中心部から離れた集落では公共交通（路線バス）の運行本数が少なく、住民の日常生活における移動や買い物に大きな支障が生じていました。また、宅配便事業者にとっても、点在する集落への個別配送は非効率であり、配送コストが増大していました。
この状況に対し、町、地域のバス事業者、複数の物流事業者は連携し、「地域公共交通網形成計画」の一環として、バス路線を活用した貨客混載の導入を検討開始しました。従来の法規制では、同一車両での旅客と貨物の混載は原則として認められていませんでしたが、国土交通省による規制緩和（道路運送法、貨物自動車運送事業法等の一部改正、2016年施行）により、一定の条件下での実施が可能となったことが、この取り組みを後押ししました。
取り組み内容：具体的な実施体制とサービス設計
〇〇町で導入された貨客混載は、既存の路線バスの空きスペースを活用して、地域内の指定箇所へ宅配便や生活物資を輸送する仕組みです。具体的な実施体制は以下の通りです。
- 連携体制: 町が全体のコーディネートを行い、バス事業者A社が運行を担い、複数の宅配便事業者B社、C社と連携しました。また、地元の商店や農協とも連携し、地域内で購入された商品の配送ニーズも取り込みました。
- 輸送フロー:
- 町内の中心部に貨物集積所を設置。宅配便事業者や商店はここに貨物を持ち込みます。
- バス事業者は、通常の運行ダイヤに合わせて集積所から貨物を積み込みます。貨物は旅客スペースの一部（例：後部座席の一部、専用ラックなど）に固定し、安全に配慮しました。
- バスの停車駅や、町が指定するデポ地（例：公民館、商店）で貨物を降ろします。
- 最終的な顧客への配達は、地域の協力者（例：NPO法人、ボランティア団体、シルバー人材センター）が行うか、顧客自身がデポ地へ受け取りに来る形態としました。
- サービス対象: 当初は特定の路線、特定の種類の貨物（比較的軽量で容積が小さいもの）に限定して開始しました。主に、地域の高齢者向けの買い物支援配送や、当日配達ニーズのある荷物を対象としました。
この取り組みの重要な点は、単にバスで荷物を運ぶだけでなく、貨物集積・仕分け、最終配送を含めた地域内の物流ネットワーク全体の最適化を目指したことにあります。また、地域の協力者を巻き込むことで、雇用の創出や地域コミュニティの活性化にも寄与する設計がなされました。
結果と効果測定：導入による定量的・定性的な変化
貨客混載導入後、〇〇町では以下のような効果が確認されました。
- バス運行への寄与:
- 運賃収入に加えて、貨物輸送による収入がバス事業者の収支に寄与し、一部路線の維持コストを補填する効果が見られました。導入路線全体で、貨物収入が運行経費の約Z%を賄う状況が確認されています（〇〇町公共交通協議会報告書、20XX年）。
- 貨物輸送を組み合わせることで、運行本数の維持・増加が可能となり、旅客の利便性維持にも繋がりました。
- 地域物流への効果:
- 宅配便事業者にとっては、中山間地域における効率的な集配ルートが確保され、配送コストの削減に貢献しました。特に、従来個別に車両を走らせていたエリアへの配送が統合され、配送効率がW%向上したという報告があります（連携物流事業者談）。
- 地域住民にとっては、これまで利用が困難だった宅配サービスが利用しやすくなったり、地元の商店からの商品配送サービスが提供されるようになったりと、利便性が向上しました。
- 地域社会への影響:
- デポ地での商品の受け渡しや、協力者による配達を通じて、地域住民間のコミュニケーションが活性化しました。
- 協力者への謝金や、新たなサービスによる地域経済への微弱ながらも貢献が生まれました。
定性的な効果としては、住民アンケートにおいて「バスと合わせて荷物も届けてもらえるので助かる」「買い物が便利になった」といった肯定的な意見が多く寄せられました。一方で、「荷物の種類に制限がある」「受け取り場所まで行くのが負担」といった改善点も指摘されています。
分析と考察：成功要因と他の地域への示唆
〇〇町の貨客混載事例の成功要因は、以下の点が挙げられます。
- 多様な主体間の連携と合意形成: 町、バス事業者、物流事業者、地域住民、協力者が密接に連携し、それぞれの立場からの課題認識と解決に向けた共通の目標を持つことができました。特に、早い段階からの関係者間での丁寧な情報共有と合意形成プロセスが重要でした。
- 既存インフラの活用: 既存の路線バスネットワークとダイヤを活用したことで、新たなインフラ投資を最小限に抑えつつ効率的な運行が可能となりました。
- 地域ニーズへの適合: 高齢者の買い物支援や効率的な宅配ルート確保という、地域が直面する具体的な課題解決に直結するサービス設計であったことが、住民や事業者の協力を得やすい要因となりました。
- 段階的な導入と見直し: 最初から広範囲に導入するのではなく、特定の路線や貨物に限定して試験的に開始し、課題を抽出しながら徐々に拡大していったアプローチも成功に繋がったと考えられます。
しかし、課題も存在します。貨物の積載量や種類に制約があること、旅客と貨物の安全確保、協力者の確保と育成、そして収益性のみに依拠しない持続可能な事業モデルの構築は継続的な検討が必要です。特に、協力者の高齢化や後継者不足は、地域社会全体の課題と連動しており、この点への対策は不可欠です。
他の地域への応用可能性としては、同様の中山間地域や過疎地域において、既存のバス路線や地域内の公共施設・商店などのネットワークを活用した貨客混載は有効な手段となり得ます。ただし、各地域の地理的条件、既存の交通・物流網、住民ニーズ、関係者の協力体制などを詳細に分析し、その地域に最適なスキームを設計することが不可欠です。単に他地域の成功事例を模倣するのではなく、地域の実情に基づいたカスタマイズが求められます。
結論と今後の展望
〇〇町における貨客混載の実践事例は、地方公共交通の維持と地域物流課題の解決を同時に目指す有効な手段の一つであることを示しました。貨物輸送による新たな収益源の確保は、バス事業者の経営安定化に寄与し、路線の維持・強化に繋がる可能性があります。また、地域内の物流効率化や住民サービスの向上といった副次的効果も確認されました。
今後の展望としては、導入事例のさらなる効果測定と分析を進めるとともに、他の地域への横展開に向けた標準的なガイドラインや支援制度の整備が期待されます。また、AIやIoTといった先進技術を活用した貨物管理システムや、地域内での効率的な最終配送システムとの連携、さらには医療品や生鮮食品といった特殊な貨物の輸送への対応など、サービスの高度化・多様化も今後の重要な検討課題となるでしょう。貨客混載は、単なる輸送手段の組み合わせに留まらず、地域社会の持続可能性を高めるための総合的な地域戦略の一部として位置づけられるべき取り組みと言えます。